心霊旅館 焔-ホムラー
「うわあああっ!!」
闇の中に、男の声が響き渡った。
2、3度辺りを見回し、恐る恐る自分の右足に触れる。
そこに瓦礫など無いことを確認すると、ようやくその口から安堵の溜め息が漏れた。
「夢か……」
身体からは、大量の汗が吹き出している。
「8年も前のことを……いまだに夢に見る……」
8年前の事故。
老舗旅館全焼!
死傷者多数!
幸せな家族を襲った惨劇!
老朽化した避難ハシゴ、旅館側も知っていた!?
当時のメディアは、こぞってこの出来事に飛び付いた。
だが、8年という歳月は、それらのことを過去のものとし、いつしか人々の記憶から消えていった。
「いまだ縛られているのは、俺だけか……」
男は額に手を当てる。
自然と長い溜め息が漏れた。
「うなされていたな、サクラ」
そのとき、不意に闇の中に高い声が響いた。
「ホロウか……」
サクラと呼ばれた男は、ゆっくりと視線を巡らせる。
そこには、青紫の長い髪を左右で縛った少女がいた。
ふわふわと宙に浮かぶその姿は、少女が人間ではないことを物語っている。
「その悪夢を見ないようにしてやろうか?」
しかしサクラは、首を横に振った。
「これは、俺の贖罪(しょくざい)なんだ……」