心霊旅館 焔-ホムラー
「そ、その魔神が、何の用だ!」
身構えるサクラ。
「フッ……そう構えるな」
ホロウは笑う。
「私が完全に解放される為には、人間の深い欲望がいる」
「欲望……だと?」
「そうだ! 人間の欲望こそ我が糧!」
ホロウは掌(てのひら)を上に向けた。
その手の中で、興奮したかのように炎が踊る。
「さあ燭台に火を灯した人間よ、願いを言え! 古(いにしえ)の盟約に基づき、どんな願いも1つだけ叶えてやろう!」
不意に風が吹く。
熱気を帯びた風。
窓は開いてはいない。
風は、目の前のホロウから発せられているようだ。
「どんな願いでも……だと?」
サクラは、その風を全身で浴びながら口を開いた。
「そうだ……お前の願いは何だ!? 富か!? 名誉か!?」
「俺の願いは……」
(――そんなもの、1つしかない)
サクラは目を細めた。
「2人を……妻と娘を生き返らせてくれ」
絞り出すような声。
すがるような瞳で、サクラはホロウを見た。
ホロウは何も答えない。
ただジッと、サクラを見詰めている。
「……フッ」
サクラの顔に、自嘲的な笑みが浮かんだ。
「そんなこと……出来るワケがないか……」
つぶやくサクラ。
その声は、深い悲しみで彩られていた。