わがまま娘の葛藤。
わがまま娘の願い
“栞”
今にもあたしにお説教を始めようとする我が親友を制したのは、彼女の恋人に他ならなかった。
「ちーちゃんも戻ってきたことだし。お前もさっさと風呂入ってこい」
はーい、と返事をして栞が部屋を出ていく。同時に大地くんも。
いや、ちょっと待ってよ。
この状況で礼と二人っきりにしないで。
往生際が悪いのなんて分かっているけど、でもできることなら、先のばしにしたいと思うじゃないか。
「待って、栞!あたしもお風呂、」
「だーめ。ちーちゃんは今からここで礼のお説教」
出ていこうとするあたしを、扉の前に立って通さないようにする。なんて、余計なお世話。
「じゃあ、あとはごゆっくり~」
ひらひらと手を振って、部屋を出ていった。
“もうこの際、礼に全部言っちゃえば?聞きたいことも恨み言も、全部”
去り際に大地くんがこっそり耳元で囁いた。
蘭さんのこと。
あの日のこと。
…あたしたちのこと。
あたしが聞きたいことなんて、そんなの、言い出したらキリがない。
また余計なこと言って傷つけてしまうかもしれない。
それを言えって?
「―――ちー」
悶々と考えるあたしを引き戻すように、礼の口が開いた。
怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見える。
(十中八九、前者だと思う)
どちらにせよ、気持ちのいい雰囲気ではないことは確かだ。
もう、いいや。
とりあえず黙って怒られよう。
聞きたいことも恨み言も、溜め込んでいた分全部。
そのあとに思う存分言ってやればいい。
―――――!!
やっとの思いであたしが現実を受け入れたというのに。
あたしを待っていたのは、お説教でもオシオキでもなかった。
視界が急にグレーに染まって。
それが礼の着ているヒートテックだと認識するのに、随分と時間がかかった。
覚悟を決めて、礼に向き直って。
あたしが顔を上げたのと、礼の手があたしの二の腕を掴んだのは、ほぼ同時だった。