かんのれあ番外編
――編集歴十数年。



侵してはならないリスクは、それなりに身をもって知っている。


編集者の些細な一言が、作家の間であっという間に広がることも。



今日は、新人賞を受賞した作家と顔合わせを兼ねた打ち合わせがあり、そのまま夕方の食事会に同行する予定だった。


その後、編集部へ戻って今度の新刊原稿の校了を予定していたので、他の予定が入り込む余地がないのは予めわかっていた。


そこに、鏡華さんが編集部の近くを通りかかったと言ってやって来たのだ。


企画や原稿が上がっている他の作家との打ち合わせも後回しにしている状況だったのだが、追い返すことなどもちろん出来るはずもなく。


先程の、鏡華さんとのやり取りへと繋がる。




鏡華さんの言い分に、理不尽さを全く感じていないわけではない。


けれど、少なくとも俺が編集者をやっているこの十数年間、作家との人間関係がぎすぎすして良かったことなど、当然だが一度もなかった。



もちろん、どの仕事においても人間関係は大事だが、作家と編集は常に一対一であることがほとんどだ。


そして、作家に比べて編集者は自分から担当替えを申し出にくいし、立場上、作品以外のところ――作家の人間性が合う合わないで、仕事に携わってはいけないと思っている。



そうなると、理不尽だろうと何だろうと、作家とうまくやるためだったら、編集者(俺)側が頭を下げるしかない。

当然で必然だった。
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