花嫁と咎人
困難と逃亡劇
「…本当に大丈夫かしら…。もう気づかれたかも知れないわ…。」
憲兵服に身を包み、森を歩く私たち。
まだ大丈夫だろ、とすました口調で言うハイネの横顔を見ながら…私は未だ高鳴る鼓動を必死に押さえつけていた。
―ハイネの脱出計画。
それは恐ろしいほど上手くいった。
レンガで人を殴るのはとても気がひけたけれど…背に腹は変えられず。
私とハイネは昏倒させた憲兵二人を牢の中にいれ、服を拝借して地下から出た。
幸い、地下牢は城から少し離れたレンガ造りの建物の地下にあった。
その為、城に行く事も無く…勿論私の顔を知る貴族達と会うこともなく、近くの森へと身を潜めることが出来たのだ。
しかしその道中、何人かの憲兵達と会う羽目になってしまったが…
驚くほどハイネは口上手で“新人が地下牢にいたら具合が悪くなったから医務室まで連れて行く所だ”だとか何とか言って切り抜けてくれた。
また、憲兵は楕円型の帽子を被り、髪をすべて入れるという慣わしがあったお陰で…私も彼も髪の色の事で怪しまれる事はなかった。
……それに私はずっと具合の悪い新人のふりをして俯いていたから…顔も知られてはいないだろう。
「とは言え、気づかれるのは時間の問題だろうな。アンタが言っているラザレスとかいう奴も…そこまで馬鹿じゃないと思うし。」
木々の枝を掻き分けながら、ハイネは前に進む。
この森に入ってからかなり歩いているけれど…一向に森は開けず。
ここまで来る間に、私は彼に沢山の事を話した。
この王国の事。
私の身に襲い掛かったこと。
シュヴァンネンベルク公ラザレスの事。
サミュエルや、お父様・お母様の事。
…そして、エルバートの事…。
途中で思わず泣きだしそうになってしまったが、ハイネはそんな私の背を叩き…
「ここでアンタと出会ったのも何かの縁だと思う。
そのエルバートとやらみたいに俺は強くないかもしれないが、そいつの代わりに俺が守ってやるからよ。…だからもう泣くな。」
そう言ってくれた。
ハイネは優しい。
それに、きっと信用出来る人だわ。
だから私も彼が私の味方になってくれたように、彼の味方になれたらと願う。