花嫁と咎人
「…フィレンツィリアにはとある“伝統”があるって言ったのを、覚えてるか。」
「?」
「“ある時を迎えるまでは絶対に髪を切っちゃいけない”っていうヤツ。」
…かつて、彼はそんな事を言っていたような気がする。
確か“一生に一度の誓いと決意を立てた時”だったかしら。
「…ええ、覚えてるわ。」
「じゃあ、どうして俺が髪を切ったか…分かるか?」
そう言えば。
ハイネの長かった三つ編みの髪。
今はもう面影さえ残さず、バッサリと切られていた。
あれ?
どうして。
あんなに髪を切ることを拒んでいたのに。
すると、困惑する私の顔をを見て彼は笑い始めた。
「なんでそんなに鈍感なわけ…?マジありえない。」
だけどそんな彼は笑顔のまま私に近づき、戸惑う私の手を取ると、傅いてその甲に優しくキスを落とす。
「俺が髪を切った理由。…それは―…」
それから目線を上げ、私の顔を見て…視線を合わせると、
急に真剣な顔になって、彼は言った。
「愛する人を生涯守り通すと誓ったからだ。」
一気に、風が通り抜ける。
薔薇の花びらが舞い上がって、月明かりに照らされた時、
彼の唇が動き、それと同時に。
私は…言葉を失った。