蜜蜂
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「千明、おかえりー」


工房から顔だけ出して、頭に白く長い帽子パティシエ帽を被った男が言った。


「束沙(ツカサ)は?」


「フロアにいる、多分。」


俺は、かなり曖昧な答えを出すパティシエにかるくため息を吐いた。


「千明っ、ここ…」


「ん?」


繋いでいた手を後ろに引かれたので振り向くと、何か言いたそうな杏花。
俺は首を傾げて続きを促す。


「ここって…」


「千明ちゃん!」


「がっ!」


杏花の話を聞こうと構えていたはずなのに、衝撃でかなり横に吹っ飛ばされた。
手は繋いだままだったから、反対方向に引っ張られて腕の付け根が悲鳴を上げた。


「っ…いてぇ…」


扉の角で頭をぶつけたらしく、かなり痛い。
吹っ飛んできたものに目をやると、


「千明ちゃんおかえりなさい」


満面の笑顔でそう言われた。


「束沙…痛い」


「だって二日ぶりなんだもの。再会に喜んで何が悪いの?」


「悪くないけど…二日ぐらいで懐かしむな。」


「そんなこと言わないのー!」


首に腕を回しながら抱きついてくる束沙に、俺はため息しか出なかった。


「あら、お客様?」


束沙が上体をおこして顔を横にいる彼女に向けた。
その先にいるのはもちろん彼女で、


「…杏花?」



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