蜜蜂
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「っ、澤木!」


ドア枠を掴んで走力を抑えながら、杏花を呼んだ。
周りにいる全員が俺を見る。
いつかの光景を思い出したが、それがいつだったかは思い出せなくて、たぶんその時もした、無視。
視界には、驚いた顔で近づいてくる杏花しかいなかった。


「千明、どうしたの?」


息を切らしている俺を心配してるのか、驚いた、そして不安そうな顔で見てくる彼女。
俺は逸る鼓動を抑えながら、途切れ途切れで言葉にする。


「けが、したっ…て、聞いた、から」


「…亜也が言ったの?」


静かに尋ねてきいてくる彼女に、一回だけ首を縦に振った。
彼女は小さくため息を吐く。


「ケガはしたよ、階段から落ちたの…五段上からね。」


「…は?」


たった五段?
彼女は右足の紺のハイソックスを下げた。
白い足がスラリと見えていく光景に少しドギマギしながら、薄く包帯を巻いた足首が見えた。


「ちょっと捻って、亜也に湿布貼ってもらったの、大丈夫だよ。
言わなかったのは心配させたくなかったし、されたくなかったから。私、強いのよ?」


そう言いながら再度ハイソックスを戻し、不敵に笑う彼女に俺はただ安堵するだけだった。


「そか…よかった。」


俺はその場に座り込んだ。







あぁ、いつの間にか俺の一番だった君。
君に何かあったら、俺は一番に動けなくなる。

だからお願い、そうやって、ずっと笑っていて。




To be continue...



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