蜜蜂
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俺は動かない。

てか、何がどうなって「じゃあ」?

俺の言いたいことがわかったのか、里佳は元の体勢に戻り、手を握ってきた。


「里佳といて楽しいって思うんでしょ?
じゃあ証拠見せて。キスして。」


少し上目使いで言われた。
ああそういうこと、と俺はヤケに冷静にそう思った。
が、動かない。


「……してくれなきゃあの子にちょっかい出すよ?」


俺がしないことにいらついたのか、うっすら目を開けた里佳は脅すように言ってきた。



あの子。



その単語で、俺は繋がれた里佳の手を引っ張った。
至近距離にある、何をするか理解して嬉しそうに目を閉じる里佳の顔。
キスまでの距離、10センチ。

だが、俺はそこで停止した。


「……ちぃちゃん?」


待ちきれずに目を開けた里佳。
その瞬間、顔の距離に頬を赤く染めたのがわかった。
俺はそんな里佳に笑う。




「…冗談。するわけないじゃん」




俺は冷たくそう言って繋いでいた手を離し、前を阻む里佳を避けて歩き始めた。



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