蜜蜂
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「ただいま」

「千明ちゃん、おかえり」

扉の上部についた、客が来たのを知らせるベルを鳴らしながら扉を開けてそう言うと、束沙が言葉を返してきた。


「ねぇ千明ちゃん、今日はお店に出てくれる?」

「出てあげない」


束沙のおねだりに近い質問に即座に答える。


「またー?最近ずっとじゃない。
働かざる者食うべからずよ?」

「明日からやるよ」


俺は笑いながら答え、奥の階段を上って自分の部屋へと向かった。

三階の自室に入り、鞄を放り投げてベッドにダイブ。
何気に硬いベッドに少しだけ顔を歪めた。


「はぁー…」


うつ伏せのまま長いため息を吐くと、胸が圧迫されて苦しかった。







里佳にキスをねだられた時。
相手が杏花なら、何も躊躇わずに、引き寄せて腕の中に閉じ込めたんだろうな、と、考えてみる。




あり得ないことなのに。
望んでしまう自分がいるんだ。



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