蜜蜂
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俺は固まってしまった。
彼女が俺の名前を知っていたことに。
彼女は俺の心を読んだかのように、「有名だから」と言葉を付け足した。


「んー、でも私的には近づかれないことが一番嬉しい"お礼"なんだけどな。」


と、口元に人差し指を当てながら言った。


「…俺の周りの女に巻き込まれるから?」


直球に聞いてみた。
澤木は俺の目を見て「そうだよ」と言い、


「ずっと目で言ってたの、気づいてたんでしょう?
東条君ってそういうのに敏感そうだから。」


と付け加えた。


「人と連るむの好きじゃないの。ゴタゴタの修羅場なんてもっての他。
…そっとしておいてほしいんだ。
今の私が一番望んでること。お礼なら、それが一番嬉しい。」


「…。」


遠回しに、見えない境界線を引かれた。
「近づくな」と。
たった一言の拒絶に、ただ、悲しくなった。
気になった相手に、すべてを拒絶されるって結構痛いんだ。
そんなことを考えながら、気づいたら俺は彼女の腕を掴んでいて、


「澤木、ケー番とメアド教えて。」


そんなことを口にしていた。



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