迷子の眠り姫〜sweet kiss〜*下*
「……まったく、あの子は。」
航が出ていった後。
母さんは大きくため息をついた。
「食事をOKしたから、もう大丈夫だと思ったんだけどな…。」
そして、ぼんやり呟いた。
……俺は、なんとなくわかってたけどね。
そんなに単純なことじゃないんだ。
簡単に、忘れられるものじゃない。
航は、俺になんか会いたくなかったはずだ。
会えば、嫌でも思い出してしまうから。
“彼女”のことはもちろんだけど、
それよりもっと辛いこと、を。
「病院に行くように、さりげなく説得するつもりだったのに。」
航は、行かないよ。
行くわけがない。
アイツは賢いから。
昔から、ちゃんとわかっていたはずだ。
あの家に…あの人にとって、自分がどんな“存在”なのか。
どうして、自分だけがこんな扱いを受けるのか。
わかっていたから……
俺と航は、
父さんと母さんの子供で
正真正銘、血の繋がった兄弟だ。
だけど、
成海の家に必要だったのは
あの人が欲しかったのは
俺だけ、だったんだ。