Happy birthday

3―2

 
「おうっ!亭主様のお帰りだコラっ!はやく開けねえかコラっ!」

 再び、インターホーンを押してもやはり、応答はなかった。

 ふと、さっきの美琴の寂しげな顔が脳裏に浮かぶ。

 嫌な予感がした。

 俺はドアを豪快に開けて、美琴の家の中に入った。

 美琴の部屋に向かう。

 寝てるのなら、いいんだけど。

「美琴!いるのか?」

 花が色めくその部屋の主は不在だった。

 ただ壁時計の時を刻む音が、虚しく響いていた。

 どこにいったんだよ。

 家中をしらみつぶしに捜すしかないのか。



 廊下に出たとき、水道から水が流れる音がした。

 その音の方向に向かって、走る。

 ちょっと待て。

 ドラマとかだと、この後は……。

 俺は首を振って、嫌な考えを否定する。

 まさか。

 そんなはずはない。

 美琴に限って。

 …………。



 風呂場のドアのガラス越しの向こうに、人影が映っていた。

 影は、動かない。

 冗談だって、言ってくれ。

 ドアを開けたら、『キャー!ヘンタ~イ!』とか言って裸の美琴がタライを俺に向かって投げてくるんだ。 
 そんな微かな期待を胸に、俺は風呂場のドアを開けた。

 赤。

 服を来たままの美琴が左腕から、真っ赤な血をダラダラ流して浴槽にもたれ掛かっていた。

 水道から流れる水の音が耳に痛い。

 冗談、だよな。

 迫真の演技にも、ほどがあるぜ?

「美琴!」

 抱えていた花束がこぼれ落ちたが、そんなもんはもはやどうでもいい。

 俺は美琴を抱きかかえた。

 さっきよりも、さらに軽くなったような気がした。

 畜生、縁起でもない。

「……浩介、……来たの?……どう……して?」

 俺を見る美琴の目は、焦点が定まっていなかった。

「誕生日だろ?さっきまで忘れてたんだ、ごめんな」

 ははは、何を当たり前に言ってるんだ、俺は?

 美琴が、今にも死にそうな時に……。

「……嬉しい。……覚えてて……くれたんだね。……あの花束、……誕生日プレゼント?」
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