愛してるさえ、下手だった


その発言を笑い飛ばしてやりたくて、でもそうすることができなかった。

それは俺も頭の中で幾度となく考えたことだったから。


似ていると、自分と同じだと考えていたのは俺だけじゃなかった。

「…参ったな」

まだ乾いていない前髪を掻き上げると彼女の顔がよく見えた。

どうやらこいつは、俺が思っていたより一枚も二枚も上手らしい。


「負けたよ、満希」

初めて親しみをこめて呼んだ彼女の名前は、どこか虚しく哀しく部屋に満ちた。
たった一ヶ月のことだから、名前で呼ぼうとも思っていなかったんだ。

途端に満希の表情が華やぐ。
そこにはさっきの大人びた笑みはどこにもなかった。

あるのは、子供のように幼い笑顔だけ。

「やっと呼んでくれたねぇ」


互いに、心の扉を開いた音が聞こえる。
決していいものじゃないそれは、俺の心を痛めつける。

歩み寄りたくなかった。
歩み寄るべきじゃなかった。


ここまで来てしまったら、俺はきっと戻れなくなる。


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