愛してるさえ、下手だった


あたしは両手を広げてその人を迎え入れる。

死ぬ覚悟も準備もできていた。
捨てるものも必死で守り抜きたいものもなかった。


あたしには大切なものなんて何もなかった。

「はい、どーぞ。殺していいよ」


目の前の殺し屋は目を見開いている。

当たり前か。
普通はこんなに簡単に死を受け入れる人なんていない。

「いいのかよ。もう後がないんだぞ」

「いーよ。あたしが死んで困る人も、ついさっきいなくなっちゃったし」


あたしは頭の中にさっきまで一緒にいた人の顔を思い浮かべる。
死ぬまで添い遂げたいほど好きというわけではなかったけれど、でも大切だったよ。


「彼氏にね、さっき別れようって言われたの」

死ぬ間際に追い込まれて、あたしも少しおかしくなっていたのかもしれない。
いつもならこんな話、誰にもしないのに。


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