いちごいちえ
夢靄
どうやってこの場へ来たのかさえも、何か話をしたのかさえも、記憶にない。
ただただ胸がドキドキとうるさくて、自分の置かれている状況を理解する事さえも無理だった。
手を引かれるがままに連れられてこられると、扉が閉まる音をすぐ耳元でクリアに聞いた気がする。
それが合図のように、瑠衣斗が強く私を扉に押し付け、意識を覚醒させた。
「…るぅ…?」
暗がりの中、照明も灯されない玄関で、私は瑠衣斗と玄関のドアに挟まれるような形で瑠衣斗を見上げた。
光なんてないはずなのに、瑠衣斗の瞳がキラキラと光って見える。
吸い込まれてしまいそうな程綺麗なその瞳には、私を動けなくしてしまう魔力でもあるようだ。
「俺も…口だけの男だな」
「え…なに?」
ポツリと呟かれた言葉の意味が分からず、身動きも取れないままに聞き返す。
でも、そんな私の言葉なんて気付いていないように、スッと瑠衣斗の顔が近付いてきた。
思わず体に力が入り、グッと目を閉じる。
…………あ、あれ?
触れると思っていた感触は、いつまで経っても感じない。
不思議に思った私は、そっと瞼を上げた。
その途端、目の前いっぱいに入ってくる瑠衣斗の真剣な眼差しに、思わずピクリと体を震わせる。
「そんなに、硬くならなくていい」
「な、なんで…」
「…なんで?」
暗くても、じっと見つめられると恥ずかしさで俯きたくなる。
でも、少しでも動いてしまうと触れ合いそうな程の距離に、身動きすらできない。
「なんでそんなに…見つめるの」
見つめる瑠衣斗は、ほんの一瞬も目を逸らそうとはしない。
そんな瑠衣斗が、私の言葉にふっと笑ったように見えた。
「…顔が見たいからだよ」