いちごいちえ
「ね…ねえ、これ…どうすればいい…?」
「ん?えーとだな、この境目に合わせ…」
マンションへ戻ると、瑠衣斗と並んでキッチンへと入った。
一緒にご飯を作ると申し出たはいいが、どうやら私は瑠衣斗の足を早速引っ張っているらしい。
私の目の前には、鶏のモモ肉。
唐揚げが食べたいと言う瑠衣斗が、私に任せた重大任務に、さっそくけつまづいている。
「…ってオイ。いつの間に自分の指さばいてんだ」
「え?えーと…豆腐切る時にちょっと…」
「豆腐…?どうやって?すごすぎるわ」
鶏モモ肉の前で身動きが取れない私の握る包丁を、瑠衣斗がひょいと取り上げる。
それをまな板の上に置くと、次に私の左手を優しく持ち上げた。
「……深くはないみたいだな…。手洗って消毒して、大人しく座ってなさい」
「えぇ〜…」
「えーじゃねえ。ほれ、早くしないと、後で俺の好きなようにするよ?」
す、好きなように?
身の危険を感じた私は、手早く手を洗ってしまうと、一目散にキッチンから飛び出る。
そんな私の様子を、瑠衣斗は楽しそうにクスクスと笑っていたが、私は一瞬にして熱くなった頬のまま、まともに何も言い返す事もできない。
「救急箱、分かるだろう?」
「だ…だいじょーぶっ」
「はいはい」
ちょっとは役に立つかと思ったのに…撃沈だ。
ずんと沈む気持ちに肩を落とし、テレビ台の下にある救急箱を取り出す。
軽く消毒をしてから絆創膏を貼ったが、じんじんと痛むのは切った指先よりも胸が痛んだ。
乙女として、名誉挽回と意気込んだものの、それはあっと言う間に崩れてしまったのだった。