いちごいちえ
「それに、どんだけももだけを見てきたと思ってんだ」
嬉しくなるような言葉を、瑠衣斗は惜しげもなく私に伝えてくれる。
"ももだけを"なんて、嬉しくない訳ない。
私の寂しさは、きっと言葉にはできない。
自分でもまとめる事ができないのだから。
だからと言って、瑠衣斗は無理に追求しようとはしない。私が話したくなるまで、なにも言わないでいてくれる。
「ありがとう。大丈夫だから」
「お。そか」
虫達の鳴き声が、気が付くと辺り一面から奏でられている。
沢山居たはずの人々の波は、いつの間にか遠ざかり、ぽつぽつと道に点在するだけで月明かりだけが私達を照らしているようだ。
静かで穏やかな時間が、ゆっくりと流れるように、少し湿気を帯びたひんやりとした風が、田畑の草木を揺らす。
手の中の温もりと、浴衣で生地が薄いせいか、腕に感じる確かな暖かさ。
今更ながら、瑠衣斗とこうしている事が、不思議に思えてくる。
下駄がコンクリートを蹴る度に、小気味よい音を辺りに響かせる。
少し膨れたお腹には、帯がくるしかったけれど、普段しない格好にそれすら苦痛に感じなかった。
「……る…い…?」
点在していた人々の中から、そっと発せられた戸惑ったような声。
その瞬間、なぜか胸の奥がざわつく。
ドキリとして、聞き覚えのあるその声に、感覚で私は記憶を巡らす。
瑠衣斗の影になってしまい、その顔は見えない。でも、その声だけは確実に私にまで届いてしまう。
「瑠衣…?帰ってたんだ…」
完全に足を止めてしまった瑠衣斗すら、声が出せないのか、その表情は見えないものの、驚いた様子がひしひしと伝わってきた。