いちごいちえ
「もも」
ザッと言う足音と共に、愛おしいその声に体がピクリと反応する。
驚きすぎて振り返る事もできず、声も出せないままに、見えてもないのに私はただ無駄に視線を泳がす。
「ん…うん」
ぐっと手を握り締めて、顔を伏せた。
いつもなら胸を覆う自分の髪の毛が、今日はアップにしているせいで見えない。
その視界が、一気にぐらりと持ち上がり、自分がどんな状況で、何を見ているのかさえ頭で理解する暇なんてなかった。
「なんで泣いてんの?」
後ろから力強く回された腕に、今度こそ驚く暇なんてなかった。
甘くて爽やかな瑠衣斗の香りに、少し私より高い体温。
掠れた低い声が、耳の鼓膜を揺すって、脳まで届くようだ。
「泣いて…る?」
「号泣じゃねえかよ」
すぐ耳元で聞こえていた息遣いが、少し離れる。
ゆらゆらと揺れていた視界は、蛇口の栓を抜いたように一気にクリアになっていく。
目を向けたそこには、優しく笑う瑠衣斗の顔。
思ってもみなかった表情に、何かか溢れ出るようにして頬を伝った。
「あ、あれ…?」
慌てて頬に触れると、自分の涙で頬が濡れている事に気が付く。
泣いてるつもりなんかなかったのに。泣くつもりなんて、全くなかったのに。
なんだかこれじゃあ、るぅが悪いみたいじゃん。
るぅに罪悪感とか、感じさせちゃうじゃん……。
思えば思うほど、涙は止まるどころか溢れ続ける。
止めようとすればする程、それに反比例するようにして止まらなくなる。
しっかり見たいのに。
るぅの顔が、滲んで見えないよ。