いちごいちえ
「なんだよ…ニマニマして。変な奴だな」
「ニマニマじゃないよ。ニコニコだよ」
「…どっちでもいい」
ガチガチだった体からは、いつの間にか力が抜けている。
いつものような雰囲気に、私は躊躇する事もなくゆっくりと湯船の中を瑠衣斗に向かって動いた。
浮力でふわふわしながらも、そのせいにして顔を上げないまま、近付くにつれて強くなる鼓動を抑え込む。
恥ずかしさは拭いきれないけれど、せっかくなら瑠衣斗の近くに居たい。
ほんの少しの勇気だけで、私はこんなにも行動できるようになるんだ。
でもやっぱり、少しだけ距離を開けた所で、私は背中を大きな岩に預けてもたれた。
手を伸ばせば、すぐに触れられる距離に、瑠衣斗が居る。
じっと見つめられる視線を感じながらも、顔なんて上げる余裕もなく、じっと正面の一点を見つめた。
明るい月明かりが、ゆらゆらと湯船に浮かぶ。
時折雲のように湯気が月を隠してしまうけれど、その光はいつまでも照らし続けてくれる。
髪を上げた首筋を、濡れた箇所から夜風がサラリと撫でていき、ひんやりと冷ましていく。
見上げれば、落ちてきそうな程の沢山の星屑達が、今にも掴めそうな距離にあった。
「あの…さ」
「…ん?」
瑠衣斗の声に振り返るが、瑠衣斗はどこか視線を伏せるようにし、目が合わない。
何か考えるような口振りを、私は不思議に思い首を傾げる。
「帰ったら…そのー…だなあ」
「うん?」
「え〜…っと」
言いにくそうに言葉を途切れさせるが、その先をなかなか切り出せないのか、瑠衣斗はそれっきり口を閉じてしまう。
聞かされる内容が分からない私は、じっと瑠衣斗を見上げた。