嘘とビターとブラックコーヒー 【短編】
咄嗟に、呼んだのは。
灘谷くんの名前じゃ、なかった。
…これが本当の、無意識なんだ。
どこか異常に冷静な頭の片隅で、私はそう考えていた。
『にぎゃっ!?』
ガクガクと震える足が縺れて、大袈裟に転倒した。
加えて上げてしまったのは、お決まりの奇声。
恥ずかしさと痛みから、思わず泣きそうになった。
「だ、大丈夫か!?山本さん!」
『ふぁ、ふぁいっ…』
駆け寄ってくれた夜錐先輩に抱き起こされて、私は先輩の腕の中。
羞恥心から回らない呂律で、どうにか返事をした。
心配そうに私の顔を覗き込む夜錐先輩をぼんやりと見つめ、ああカッコいい……と改めて思った。
…って!
こんな幸せに浸ってる場合じゃなかったよ!
『あ、あのっ!!』
今にも叫ぼうとした私の前に、灘谷くんが静止を表すように掌を向けた。