嘘とビターとブラックコーヒー 【短編】
机に腰掛けていた灘谷くんが立ち上がる音を、確かに聞いた。
…ぎしりと軋んだのは、本当に机だったのか。
「それじゃあ先輩、俺からも。…頑張ってください」
灘谷くんは夜錐先輩に一礼すると、お先に、とだけ残して部屋を出ていってしまった。
ばたんっ。
少し立て付けの悪い扉が閉まる音が、どこか遠くの方で聞こえた。
それにしても…。
……なんで灘谷くんは、この状況で私を置いて先に帰っちゃうの…!?
き、気まずい!
心臓が押し潰されて死んだら、灘谷くんの所為だからね!
そんなバカげたことを呟きながら、私は平常心でいられるわけがなかった。
『(わ、私も早く戻ろう…)』
そう思い立ち上がると、目の前には夜錐先輩がいた。
…一体、いつの間に?
『ひぎゃっ!』
驚いてひっくり返るところだった私を、どうにか椅子が受け止めてくれた。
ただでさえ身長の高い夜錐先輩を低い位置から見上げて、私は先輩の言葉を待った。
きっと…戻って良いよ、とか言ってくれるはず…!