ため息に、哀
「俺が鼻の骨を折ったこと、覚えてますか?」
先輩は声を出さずに、そっと頷いた。
あの時の血まみれの俺の姿は思い出してほしくないけど、これが俺の恋の出発点だから。
高橋先輩にも、思い出してもらいたかった。
「先輩は血まみれの俺のことを嫌がらずに手当てしてくれました。顔が汚れた俺のために、自分のタオルを濡らして渡してくれました」
あの日が恋のはじまり。
ただのマネージャーの先輩だった人のことを、俺が意識しはじめた瞬間だった。
「その時からずっと」
ずっと、俺は。
「先輩のことが好きでした」
過去形にしたのは俺の強がりであって、次へのステップにするため。
今も好きだけど、その気持ちは変わらないけど、考えれば考えるほど欲がなくなっていく。
嘘だと、矛盾してると思うかもしれないけど。
あんなに独占したいと思っていた先輩のことを、俺は手に入れたいと思わなくなっていた。