ストレート【調整中】
「…嘘、つくな。」

声を震わせた里央が
俺の右肩を掴む。

怒りを鎮めようとしているのか
下を向き、唇を噛んでいる。

「見れば分かる。毎日…走ってんだろ?…投げてるだろう?」

優しく語り掛けるような口調。

その声を聞いて
鎮めようとしているのでなく、
泣くのを我慢しているのだと悟った。


…確かに
走っているし、投げている。

でもそれは
中学の頃からの儀式のようなもので
人を挟んで投げる気なんか更々ない。


「何で、バッテリーなのに誤魔化すんだよ。…お前、変化球も誤魔化すのも下手すぎなんだよ。」

嗚咽と途切れる声。

人の事で
泣ける奴ってすげぇと思う。

…こいつ、優しいんだぁ。


この優しい性格も

野球になると
グラウンドに立つと、
冷静で闘争心剥き出しの
勇ましい野球選手に変わる。

キャッチャーとしての彼の指示は的確で
その人懐っこい性格から、皆にも好かれていた。

当時二年生ではあったけれど
俺と里央はバッテリーを組んでいた。

チームで俺の球を捕れるのは
里央だけだった。
俺が安心して投げれる唯一の存在。

毎日毎日、飽きずに
俺の球を嬉しそうに捕り、

試合では最大限に
俺の投球を生きた球にする。


何故か今
里央のそんな姿を思い出した。


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