ストレート【調整中】
「…下手くそだ。」

雨は激しいのに
里央が小さく呟いた言葉を
確かに俺は聞いた。

なんて
小さいのだろう。

グラウンドでの
あの存在感、威圧感。
今は、欠片もない。

変わったのは俺か。
それとも里央か。


「桐はストレートだろう?俺や皆を魅了したのも、お前の見せ球も…。全部、ストレートだろう?」
里央は悔しそうに、
左手の拳を硬く握りしめる。

里央に掴まれた
左肩が熱くなる。


「今のお前じゃ、絶対にストレートは俺のミットに届かない。」


―ズキンっと
胸の奥が痛むのが分かった。

傷ついているのか?

自分に答う。

野球を捨て、拒み続けた。
野球が俺を放してくれないと自惚れてたのか。
本当は…
俺が野球にしがみついていたのか…?

喉の渇きは一向に収まらない。



あの日の試合。
里央に出されたサイン。

―ストレート

バッターの瞳。

あまりに真剣で勇ましく、
何度放っても、三振を取れない。

初めて、投げるのを嫌だと思った。
打たれる恐怖心、周りの期待。

色んなものがいりまじって、
息のできない感覚。

マウンドの空
アーチを描いた白球の映像が
俺の頭を支配してゆく感覚。

投げるのを初めて
怖いと感じた。


投げるのを拒んだ俺は野球を侮辱し、捨てた。


なのに…
俺が野球にしがみついているのか…?



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