ストレート【調整中】
俺と彼女の間に風が吹いた。
彼女の髪が揺れ、甘いシャンプーの香りがした。
「バットを振るあなたは力強くて、嫌な闇を裂くあの一振りに…私は…。」
自分で唇を噛み締めているのに気がついた。
胸の中を蛇が行き交うように、揺れた。どうしようもなく。
野球が全てだった―
どんな事でも、ある程度の事は器用だったからすぐにこなした。
だけどのめり込んで行けたのは、野球だけだった。
知れば知るほど難しく、練習すればするほど上達し楽しく、野球を通して初めて知る事は沢山あった。
あの小さい球をみんなで泥だらけになりながら追いかけ、負けた日は悔しくて泣き、勝った日は笑った。
練習あとの水は世界で一番美味しいことを身を通して実感した。
一つしか無かった、宝物のように大事だった。
だから…認めたくなかった。
傷つきたくなかった。
「あなたがいなかったら…私はここにいないわ。あなたが私の闇を裂いて、光を挿してくれた…今はママと仲良く暮らしてるの。苦しい事もあったけど、私はこれであなたに早く追いつきたくて…頑張れた。」
手渡されたのは、さっき俺が手渡した軟式ボール。
俺が君に与えたもの。
君が俺に返そうとしてくれてるのか…。
毎日走りこんでいるはずの足が震え、立っていられなかった。
野球を失って泣いた日以来、俺は人前で泣いた。
軟式ボールのゴムの匂いが懐かしく、目の奥にいる昔の俺が微笑んでくれた気がした。