楽園の炎
次の日、朱夏は起きると、浮かない顔で桂枝を呼んだ。

「憂杏は、市にいるのかな。用事があるんだけど」

着替えを手伝いながら、桂枝は朱夏の様子を窺った。
ここ数日で、随分やつれてしまったようだ。
あれ以来、食事もあまり採らないし、夜もよくうなされている。

「最近はよく、ナスル姫様に呼ばれているみたいですよ。あの息子が、姫君のお相手をするのに、一抹の不安はありますが、葵王様も今は皇太子殿下のお迎えのご準備でお忙しいようですから、ナスル姫様の寂しさを紛らわすには、いいかもしれませんわね」

心配している様子を隠し、桂枝は言いながら、ただ朱夏の髪を梳く。

「何か、大事な用事ですか?」

寝台に座ったまま、髪を梳かれていた朱夏は、俯いたままぽつりと答えた。

「市にある店を、片付けてくれって、ユウが・・・・・・」

ぽろり、と朱夏の目から、涙が落ちた。
どうもまだ、情緒不安定のようだ。
例の商人のことになると、朱夏は途端に弱くなる。

「朱夏様。何故商人如きに、そこまで肩入れするのです。助けてくれたとはいえ、まだ何も、知らない相手でしょう?」

桂枝は朱夏の前に回り、膝を付いて正面から向かい合った。

「それはそうだけど。でも、無実の罪で投獄されて、挙げ句の果てに殺されるなんて、許されることじゃないでしょ?」

「それはもちろんです。でも、もしかしたらあの者は、ククルカンでの大罪人かもしれないのですよ? 皇太子殿下の勘気を被るなんて、相当な罪を犯したと、告白したようなものかもしれません」
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