楽園の炎
朱夏はふと、桂枝に言われたことを思いだした。

「父上。父上は、母上に初めてお会いしたとき、どう感じました? 母上が儚くなられたとき、耐えられましたか?」

いきなりの問いに、炎駒は、ぶっと酒を吹き出す。

「な、何だね。いきなり」

布で口元を拭いつつ、炎駒が動揺して言う。

朱夏は母を知らない。
母は、朱夏を産んで程なく、この世を去った。
父の持つ、肖像画の中で微笑む母にしか、会ったことはないのだ。

炎駒から母のことを聞いたことはないが、実際に朱夏を育ててくれた桂枝から、とても仲の良い夫婦だったと聞いている。
肖像画の中の母は、少女のように美しい女性だった。

珍しく赤くなって狼狽える炎駒だったが、じっと自分を見る朱夏に、視線を逸らしつつ口を開いた。

「とても、美しいかただと思ったよ。そのわりに、見かけによらず好奇心の旺盛なかただった。よく驚かされたものだ。でも、そういうところも魅力だった」

お前に似ているな、と、炎駒は笑った。
朱夏は相変わらず、父をじっと見つめた。
母のことを語る炎駒は、とても幸せそうに見える。

「母上といると、どんな感じでした? ちょっとしたことで、心臓が破れそうになったりしました?」

炎駒が、きょとんとする。
だがすぐに、声を上げて笑い出した。

「何とまぁ、色気のない表現だ。はは、そうだな。彼女が笑うと嬉しいし、泣いていると、こちらも悲しい。初めはちょっと手が触れただけでも、身体が固まるほど緊張したのに、そのうちもっと触れたくなる。触れていると、安心できるようになる」
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