楽園の炎
「さすがですな」

見ている者には、何が起こったのかわからなかったが、朱夏が身体を離すと、両手に掴んだ剣が見えた。
いつの間に持ち替えたのか、剣を短く握り、隊長の身体に押し当てていたのだ。
稽古用の剣でなく、真剣であったなら、朱夏の握っている剣は、隊長の身体の中に沈んでいたというわけだ。

「特に腕は鈍っていないようで、安心致しました」

「朱夏様は、野生動物のようなものですから。腕が落ちることなど、ありませんよ」

柔らかく微笑んで言う隊長に、兵士の一人が口を挟む。
周りから、笑いが起こった。

朱夏は兵士の頭をばしんと叩き、久しぶりの心地好い感覚に笑みを漏らす。
その目が、稽古場の入り口に向いた。
皆、笑いながら朱夏の視線を追い、そこにいた人物に、全員が平伏する。

「久しぶりに来てみたら、良いものが見られた。朱夏、元気になったようだね」

葵が、笑みを浮かべて佇んでいた。

朱夏は、一つ深呼吸してから膝を付き、頭を下げた。
葵と会うのは、あれから初めてだ。

「じゃあ、僕の相手もできるね。僕も久しぶりだから、腕が落ちていないか、心配だけど」

羽織っていた外套を外し、葵は稽古場に入ってきた。
剣を手に取り、朱夏に向き直る。

朱夏は唇を引き結び、顔を上げた。
葵の瞳とぶつかる。

「では」

短く答え、朱夏は葵の正面に立つと、剣を構えた。

一度稽古に入ると、身分の上下は関係なくなる。
王族といえど、誰も遠慮しない。
葵も朱夏も、そうやってしごかれてきたのだ。
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