楽園の炎
水を打ったように、稽古場中が静まり返る。
誰もが言葉を失った中で、朱夏は静かに葵に手を差し出した。

茫然としたまま、のろのろと手を取った葵を、ぐい、と引き起こし、朱夏はぺこりと礼をした。
やっと我に返った葵が、慌てて礼を返す。
そこでやっと、朱夏は葵に微笑んだ。

「相手の殺気に呑まれて、どうするのよ。跳ね返すぐらいの気で行かなきゃ」

ぱんぱんと葵の汚れた衣装を叩きながら言う朱夏に、葵も力なく笑った。

「そうだね。やっぱり朱夏には、敵わない」

ふと朱夏は、葵の手首の傷に気がついた。
朱夏が踏みつけたときに、できたのだろう。

「あ、ごめん。怪我しちゃったね」

自分の言葉に、何か思いついたように、朱夏は葵を引っ張った。

「手当てしよう。こっち」

葵の手を引いたまま、昔のように駆け出す。
葵はわけがわからず、あたふたと朱夏に引っ張られるまま、ついてくる。
その様子が昔のままで、朱夏は走りながら、声を上げて笑った。

王宮の奥の庭で、朱夏は葵の手を離すと、ひょいと窓枠を飛び越えた。

「おい、朱夏。ちょっと、何やって・・・・・・」

「いいから。待ってて」

葵が窓に駆け寄り、中を覗き込む。
朱夏は、戸棚からミードの瓶を一つ取り、葵に渡した。

「さっ! 逃げるわよ」

葵の肩に手を置き、ひょいと外に飛び降りる。
そのまま、たたたーっと駆けていく朱夏を、呆気に取られて見ていた葵は、自分の手の中の瓶に我に返り、慌てて朱夏の後を追った。
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