楽園の炎
第九章
その頃、ナスル姫は、憂杏と一緒に市ではしゃぎ回っていた。

「なんて人が多いのかしら。あらっあれは何? ねぇ旅人さん。あの天幕に飾ってあるのは何かしら! 面白い形だわ!」

日差し除けの薄いベールを被っているものの、きゃいきゃいと騒ぐ小さな姫君は、目立ってしょうがない。
おまけに目を離すと、すぐに見失ってしまいそうなほど、ちょろちょろと動き回る。
お付きの兵士など、とうの昔に、はぐれてしまった。

「ちょっと姫さん。そんなにはしゃいでないで、ちょっとは落ち着きなって」

「だってこんなところ、初めてなんだもの。あっ! あれは何? いい匂いだわ~っ!」

にこにこと憂杏を見上げて言ったかと思えば、次の瞬間には、蒸し饅頭の店に目が向いている。
饅頭を蒸かしている蒸籠(せいろ)の前にいた、恰幅のいい女性が、愛想良く饅頭を一つ差し出してくれた。

「味見だよ。食べてみな」

「わ! いいの? ありがとう~。あっ熱っ!」

店の前で騒ぐナスル姫に、憂杏は少々うんざりしつつも、湯気を上げる饅頭にわたわたと慌てる姫の手から、饅頭を取り上げた。
二つに割って、少し冷まし、半分を差し出す。

「ほら。これぐらいなら、食べられるだろ」

憂杏の大きな手から饅頭を受け取ると、ナスル姫は、まだちょっと熱かったようで、ふぅふぅと息を吹きかけながら、ぱくりと一口、口に含んだ。
途端に満面の笑みになる。

「美味しい! 旅人さんも、食べてみて!」

そう珍しいものでもないし、憂杏は普段、市にいる。
初めて食べるものでもないが、ナスル姫があまりに美味そうに食べるので、憂杏は突っ込むことなく、饅頭の半分を口に放り込んだ。
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