楽園の炎
「え、何? ユウって、例の商人のこと? そうなのね? まだ裁可は、下ってないの?」

あまりの朱夏の憔悴っぷりに驚きつつも、ナスル姫は的確に状況を分析する。
少ない情報から、多くを得る。
その能力が、ユウに似ていることに、朱夏は気づかない。

「お願い・・・・・・。お願いします・・・・・・」

こくこくと頷きながら、朱夏は姫に訴える。
ナスル姫は、ふと朱夏の握っている手から、血が滲んでいるのに気づいた。

「朱夏! 怪我してるじゃない!」

慌てて握りしめた朱夏の手を開かせると、鎖に繋がった透き通る短剣が、姿を現す。
ナスル姫の動きが止まった。

「朱夏・・・・・・。これ、どうしたの?」

血のついた短剣を見つめるナスル姫に、朱夏は何故今、そんなことを聞くのかと、訝しく思いつつも、早口に答えた。

「ユウがくれたんです。初めはただの短剣でしたけど、綺麗だから、首飾りに。そんなことより、ナスル姫様、お願いですから、どうかユウを・・・・・・」

朱夏が言い終わらないうちに、ナスル姫は、がばっと立ち上がった。
朱夏の手を掴んで、引っ張る。

「神殿に急ぐわ! どっち?」

早くも走り出したナスル姫に引き摺られ、朱夏は何が何だかわからないままではあったが、次第に足に力が入った。
ナスル姫に並んで、走り出す。

「こっちです。普通に回廊を行くと時間がかかりますので、近道します」

言いながら庭に飛び降りた朱夏に頷き、ナスル姫も後に続いた。
走りながら、朱夏の胸に揺れる短剣に目をやる。

「その短剣、ククルカン皇家の、守り刀よ」
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