楽園の炎
夕星は、その様子を見、挑発するように顎を上げた。

「立場が上とか下とか、そういうことは、関係ない。不敬罪というのも、言ってみれば口実だ。口実があったほうが、気持ちもぶつけやすいだろ」

夕星は、暗に朱夏のことは諦めろと言っているのだ。

葵はじっと夕星を見つめ、ちらりとその背後の朱夏に、視線を移した。
気遣わしそうな瞳の朱夏と、目が合う。

葵が朱夏を見たのは、一瞬だった。
すぐに夕星に視線を戻すと、一歩踏み出した。

「では」

言うなり、葵の拳が夕星の頬にめり込んだ。

拳が頬に入る寸前、夕星の身体が、僅かに避けそうになったのに気づいた。
が、それを夕星自身が止めた。
無意識に攻撃を避けてしまうのだろう。
考える前に身体が動くのは、身体に叩き込まれた武人としての能力の高さだ。

葵は床に倒れ込んだ夕星を、畏敬の念を持って見つめた。

「ユウ!」

思わず朱夏は、夕星に駆け寄った。
ぴくりとも動かない夕星に、皆もまた不安そうにざわつき始める。

朱夏は震える手で、夕星の顔にかかる漆黒の髪を払った。
口の端から、血が出ている。
< 160 / 811 >

この作品をシェア

pagetop