楽園の炎
だがナスル姫は、そんな皇太子に、きっぱりと言った。

「兄上。わたくし、知っていましてよ。だってアリンダ様本人が、わたくしに言ったのですもの。お前の兄は、母を誑かしたって・・・・・・」

驚いた皇太子が、姫を見上げた。

「違う! それは違うぞ!」

「わかっております。当たり前ですわ! あのときお兄様は、まだ少年です。そんなこと、するはずがありません!」

慌てて否定した皇太子に、ナスル姫が強い口調で答えた。

「でないと、お兄様がしばらく塞ぎ込んだ理由が、わかりませんもの! 大体、アリンダ様の言うことなんて、一つの真実も、ありはしません」

腹違いとはいえ、兄妹であろうに、ナスル姫は第二皇子・アリンダのことを、随分嫌っているようだ。
内情までは知らない葵と朱夏は、ただ驚いて、ナスル姫を見つめた。

そういえば、ナスル姫は第二皇子のことを、『兄』とも呼ばない。

「そうだな・・・・・・。お前の言うとおり、アリンダがお前に言ったことに、真実はない。アリンダは、お前たち兄妹を・・・・・・とりわけ、夕星を憎んでいた。メイズ殿が、夕星を愛したからだ」

しん、と沈黙が落ちる。
炎駒が、難しい顔をして唸った。

「メイズ殿というご側室は、失礼ながら、さほどお若いかたではなかったように記憶しておりますが。私の記憶では、ククルカン皇家内で、そういう騒ぎがあったのは、おそらく夕星殿も、そう大人ではない・・・・・・確か、十歳前後ではないですか?」

皇太子は、額を覆って俯いた。
眉間の皺が、一層深くなる。
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