楽園の炎
朱夏は、自分が葵に襲われたときに助けてくれた夕星が、後で言った言葉を思い出した。

『感情のままに打ったら、本当に殺してしまいそうだった』

おそらくあの状況は、昔の記憶を呼び起こしたのだ。
己にのしかかった父の側室は、幼い彼にとって、恐怖でしかなかった。
幼い子供が恐怖のままに抵抗しても、ほぼ意味はないが、今は違う。
昔の感情に流されたまま葵に飛びかかっていたら、ただでは済まなかっただろう。

「何故メイズ殿は、そんなに夕星殿を可愛がられたのです?」

同じ事を思ったのか、葵が硬い表情で言った。

「夕星は、我が父上に、うり二つなのだ」

ナスル姫が、眉を顰める。
皇太子は自ら葡萄酒を杯に注ぎ、一息に飲み干した。

「肌の色、髪・目の色、顔かたち、全てが。アリンダを身籠もられてからというもの、メイズ殿のところには、父上はあまり通っていなかったようだから、メイズ殿は夕星を父上に見立てて愛していたのだ。ただ慈しむだけなら、それでも良かったのだが、愛情が一線を越えてしまった。言ってしまえば、アリンダも夕星も、どちらも悪くはないのだ」

「そうね。でもそれは、その一件に関してだけですわ。メイズ様のお陰で、心に傷を負ったお兄様をなおも恨むなんて、お門違いもいいところです。それに、アリンダ様の粗野な振る舞いは、もう許せる範囲を超えているのではなくて? あのような人が皇家の者だなんて、最早恥でしかないです」

ナスル姫は、あくまで厳しい。

事実、ククルカン第二皇子の素行の悪さは、兵士たちの噂に上ることもある。
第二皇子は、ククルカンの兵を組織している、直属軍の長官だ。
戦では、軍神の如き働きを見せるという。

が、同時に戦独特の蛮行も働く。
特に、女性に目がないというのは有名だ。
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