楽園の炎
「憂杏は面白いし頼りになるから、ナスル姫様に気に入られるのもわかるわ」

「しかし、あのような放蕩息子を、皇帝陛下のお姫様に近づけていいものでしょうか。何かしでかさないかと、わたくしは気が気じゃありませんよ」

桂枝は眉間に皺を刻んで、やれやれというように言う。

おそらくあのお菓子事件は、桂枝の耳には入っていないだろうが、もしそういうことがあったとわかったら、また桂枝は憂杏を追いかけ回す勢いで怒るだろうな、と思い、朱夏は笑いを引っ込めた。

最後に愛用の剣を腰に差し、朱夏は部屋を出た。


「お待たせ・・・・・・しました」

油断すると、今までの癖で軽く話しかけてしまう。
朱夏は夕星に向かって、頭を下げた。

「じゃあ行こうか」

そう言って立ち上がると、夕星はおもむろに身体を包んでいた外套を外した。
その下に着ていた衣装に、ぎょっとする。

「ちょっと・・・・・・あ、いえ。あの、そ、その格好は・・・・・・」

外套を取った夕星は、昨日のようなちゃんとしたククルカン式の衣装ではなく、その前に着ていたような、モロ商人の格好をしていたのだ。
朱夏が、しどろもどろに問い質すと、夕星は、にやっと笑って、朱夏の手を取った。

「市に行くんだ。皇子の格好じゃ、何かと不便だろ。俺の店の周りのおっさんたちにも、変に気を遣わすことになるだろうし。こっちのほうが、楽だしな」

そのまま、呆気に取られる桂枝やアルを置き去りに、夕星は朱夏を連れて、宝瓶宮を出て行った。
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