楽園の炎
「そうそう。ナスル姫様は、もう起きてらっしゃるのかしら」

早く起きたのは、稽古に出る前に、ナスル姫のところに行くためだ。
フォークでマンゴーをつつきながら言う朱夏に、桂枝が首を傾げた。

「どうでしょう。でも、きっと起きてらっしゃるかと。ご用事であれば、言伝しておきましょうか?」

「うん。じゃあ、今日憂杏が来るからって、言っておいてくれる?」

がっちゃん、と、炎駒が野菜スープを飲んでいたスプーンを、器に落とした。
桂枝も、驚いたように固まっている。

「あれ? えっと、ほら、ナスル姫様、憂杏のこと、気に入ってるし。折角だから、ご一緒しようと思って」

どうしたの? というように、朱夏は、しれっとマンゴーを口に入れた。

「そ、そう・・・・・・ですわよね。ええ、では、後でそのようにお伝えしておきましょう」

ぎくしゃくと動く桂枝が離れた隙に、朱夏は炎駒に小声で言った。

「とりあえずナスル姫様には、できる限りのチャンスを作ります」

「チャンスって、お前・・・・・・」

困ったように言う炎駒に、朱夏は桂枝を窺いながら、さらに声を潜めた。

「だって、変に周りからちょっかい出して、当人が何もしてないのに壊れちゃったら、可哀相じゃないですか。ここはもう、ナスル姫様本人が動きやすいように、お手伝いすることに専念したほうが、いいと思うのです」

「つまり、どう動くかは、本人に決めてもらう、と」

朱夏はこくりと頷いた。

「ナスル姫様から要望があれば、動きますけど。それ以外は、姫様自身が動きやすいようにするだけです」

桂枝が盆を持って帰ってきたので、朱夏は乗り出していた身体を戻し、何食わぬ顔でスープを飲んだ。
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