楽園の炎
朱夏は後ろを振り返った。
憂杏が、扉の前に立っている。
さすがに憂杏も、寝ている姫君の寝台にずかずか近づくような、無粋な真似はしないようだ。

こういう気遣いがあるのを知っているから、侍女もあっさり憂杏を部屋に入れたのかもしれない。
その辺はちゃんとしているし、周りも認めているということだ。

でもなぁ、と、憂杏をじろじろと見る朱夏の眉間には、やはり皺が寄ってしまう。

「どうした? 具合、悪そうなのか?」

憂杏が、一歩踏み出して言う。
朱夏が顔をしかめたのを、ナスル姫の体調の悪さと思ったらしい。

「大丈夫。寝てるから、静かにしてよ」

首を振って言い、朱夏は手招きした。
少し躊躇った後、憂杏は足音を忍ばせて寝台に近づき、朱夏の後ろから、ひょいと天蓋の中を覗き込んだ。

じっとナスル姫を見つめる憂杏の表情からは、何も読み取れない。
朱夏は身体をずらして、憂杏の前から退くと、寝台から離れた。

「あたし、ユウ捜してくるね」

扉に向かう朱夏に、憂杏は慌てたようだ。

「おい! 朱夏っ!!」

思わず大声で、朱夏を呼び止める。
その声に、ナスル姫が目を開けた。

しん、と静まり返る室内。
ナスル姫は、状況がよくわからないらしく、寝そべったまま、じっと目の前の憂杏を見上げる。
その瞳に、憂杏は珍しく、大いに狼狽えた。
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