楽園の炎
ふと思い出し、憂杏は言いながら、姫の手を取った。
熱があるのに、手は冷たい。

「貧血気味だな。起きてるのは、辛いだろうが」

ぱ、と手を離し、再度寝てろと言う。
ナスル姫は、ちょっと唇を尖らせた。

「殿方の前で寝るなんて、できません」

拗ねたように、ぷん、とそっぽを向いて言うナスル姫に、憂杏は片眉を上げる。

「おやおや。じゃあ、早々に退散しましょうかね」

立ち上がりかけた憂杏に、ナスル姫は慌てて飛びつく。

この姫君は、普通の女子(おなご)と恥じらいどころが、どうもちょっと違うようだ。
必死になると、かなり大胆な行動もする。
今も勢い余って、ナスル姫は憂杏の腰に縋り付いている。

「そんなさっさと憂杏が行ってしまったら、わたくしここで、一人になっちゃうじゃない。病気のわたくしを、一人にするの?」

「でも、俺がいたら、寝られないんでしょう。病気だというなら、大人しく寝ておきなさい」

小さい子を窘(たしな)めるように言う憂杏に、ナスル姫はぶんぶんと首を振る。

「嫌! わたくしを大人しくさせたいなら、ここにいて!」

言っていることが、ちぐはぐだ。
憂杏は少し困ったが、求められるのに悪い気はしない。
再び寝台の隅に、腰を下ろした。

「ああ・・・・・・頭振ったから、目眩が・・・・・・」

憂杏が腰を下ろしたので安心したのか、ナスル姫は手を離して、ふらつく上体を支えた。
憂杏は苦笑いし、ぽんぽんとナスル姫の頭を叩く。
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