楽園の炎
「全く、我が儘なお姫さんだねぇ。ほら、ちゃんといるから、約束通り、ちゃんと寝なさい」

ぐい、と頭に置いた手に力を入れ、憂杏はナスル姫の身体を倒した。
小さなナスル姫の身体は、呆気なく寝台に沈む。
ナスル姫は大人しく寝台に横たわり、憂杏を見上げた。

「ね、わたくしのところにも、寄ってくれるつもりだったの? もしかして、何か、用事でも?」

「うん、まぁな。な、お姫さんは、葵との見合い、断ったんだってな。やっぱり葵じゃ、満足できなかったのかい」

ナスル姫は、憂杏の心中を計りかね、じっと彼を見た。

「そんなんじゃないわ。いえ、満足できないと言われると、そうかも。わたくしは、もっと全身で受け止めてくれるかたが良い」

思った通りだ、と、憂杏はナスル姫を見下ろす。
熱が上がってきたのか、ぼんやりとした様子で、ナスル姫は独り言のように呟いた。

「お父様は、がっかりなさるかも。わたくしを国から出すチャンスを失ったわけだし」

「え?」

聞き返そうとした憂杏の袖を、ナスル姫の小さな手が掴む。
そのまま、ちら、と憂杏を見、ナスル姫は目を閉じた。

しばらくの沈黙。

寝たのかな、と憂杏が、袖を掴んでいるナスル姫の手をそっと取ろうとしたとき、姫が口を開いた。

「・・・・・・憂杏は、わたくしが国を出たいと言ったら、連れ出してくれる?」

憂杏は驚いて固まった。
ナスル姫は、目を閉じたままだ。

国を出るとは、どういうことか。
それを自分に頼むことの意味は?

あまりに唐突な言葉に、憂杏は思考が上手く働かない。

どれぐらい時間が経ったのだろう。
さほど経っていないようにも、随分経ったようにも思うが、もとより返事は求めていなかったのか、気づくとナスル姫は、規則正しい寝息を立てていた。

しばらくナスル姫の寝顔を見つめ、憂杏はそっと袖を掴んでいた姫の手を外した。
額に手を触れてみる。
熱い。

憂杏は足元に置いていた袋から、小さな瓶を取り出した。
それを枕元に置き、立ち上がる。

布団をかけ直してやってから、憂杏は扉に向かった。
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