楽園の炎
まだ王と少し用事のある炎駒と別れ、朱夏は宝瓶宮に戻った。
扉を開けると、桂枝とアルが、早速湯浴みの用意に取りかかる。
帯を解かれながら、朱夏は桂枝に、それとなく声をかけた。

「ねぇ桂枝。さっき、憂杏が来たんでしょ?」

それとなく、といっても、やはり遠回しに聞きたいことを聞くのは苦手である。
早々に回りくどく言うことは諦め、朱夏は衣を脱ぐと、湯船に浸かりながら桂枝を見上げた。

「ナスル姫様のことよね。どうなったの?」

気持ちいいぐらいの直球で聞いてみる。
複雑な表情をしながら、香油を用意していた桂枝は、しばらくしてから、ええ、と呟いた。

「あのように真剣な憂杏、久しぶりに見たように思いますわ」

炎駒と同じことを言い、桂枝は香油の入った器を持って、朱夏の背後に座った。

「何か、大事なことがあるのだ、とは思いましたが、まさかまさか、ナスル姫様との婚姻などとは。いつもの調子で言われていたら、わたくし、きっと今ここにはおりませんわ」

「やだ、不吉なこと言わないでよ」

だが確かにただでは済まなかっただろうと思い、朱夏は顔をしかめた。
桂枝は、朱夏の髪を洗いながら、ぽつぽつと話し出す。

「昼間にいきなり、炎駒様が憂杏を連れて帰って来られたのです。わたくしも座るよう言われまして、わたくしはてっきり、息子が市で何かやらかしたのかと。ですが、息子の口から出た言葉は、そのようなことよりも、信じがたいことでした。考えてみてくださいよ。市で何かがあったということは、まだ十分あり得ることでしょう。ですが、いきなり宗主国の姫君との婚姻ということを言われましても、そのようなこと、まさに寝耳に水としか思えませぬ。あり得ないことでしょう」
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