楽園の炎
「嫌われないように、頑張りますわ。お兄様こそ、あんまり意地の悪いことばっかり言っていたら、朱夏に嫌われてしまいますわよ」

べぇっと夕星に舌を出してから、ナスル姫は憂杏に向き直った。

「じゃ、改めて、よろしくお願いしますわ。わたくしもう、お姫様じゃなくってよ」

にこりと笑いかけ、ぺこりと頭を下げる。
憂杏も、曖昧に笑い返した。

「では頼んだぞ。今は市にいるのかね? 市では、店が家なのか?」

皇太子が、興味深そうに憂杏に話を振った。
憂杏も、いい加減慣れてきたようで、ええ、と軽く応じた。

「天幕を張って、その前に店を出します。生活は、天幕の中ですね」

「暑くないのか?」

「暑いですよ~」

顔をしかめて答えたのは、夕星だった。

「・・・・・・お前も店を開いておったのだったな」

若干冷めた目で、皇太子は夕星を見る。
そんな視線を気にもせず、夕星は兄の杯に果実酒をつぎ足して言った。

「でも、楽しかったですよ。あんなに活気のある市も、そうありますまい。いろんな人種の坩堝(るつぼ)なので、皆誰とでも気軽に仲良くなれます。ナスルなら、一躍人気者になるでしょうな」

「ふ~む、そうだな。お前の妹だと思えば、なるほど、ナスルにも市井の暮らしなど、わけないようにも思えるな」

「多分ね。合ってると思いますよ。身体さえ丈夫になれば」

な、と笑う夕星に、ナスル姫も微笑み返す。

「では、そうだな。しばらくナスルの様子も見ないといかんし、もう少し、アルファルドに滞在する必要があるな」

久しぶりだし、いろいろ視察に回るかな、と、皇太子は杯を傾けた。
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