楽園の炎
「ったく、何しに来たんだ。ククルカンの皇子ともあろう者が、変装までして」

「今更だろ。視察だよ、視察」

仏頂面で言う憂杏に軽く答え、夕星はぐるりと辺りを見渡す。
そんな夕星の腕を、不意に憂杏が掴んだ。

「ちょっと来い」

ぐいぐいと夕星を引っ張って、憂杏は天幕と天幕の間に入る。
朱夏とナスル姫は、傍の店の商品を見ながら笑いあっている。

「なぁ、お姫さんは、確かにしばらく預かると言ったが、その間ずっと、俺と暮らしていいのか?」

ぼそりと言う。
夕星は、ああ、と言った後、少し考えた。

「まるっきり、嫁いだ感じで生活するのがいいだろう。けど、ま、憂杏にとっちゃ、ちょいと酷な提案だろうなぁ」

己の顎を撫でながら、夕星が笑う。
結婚した形で生活するといっても、さすがに手出しするのはまずかろう。
憂杏は頭を抱えた。

「そうだよ。だから、天幕の中を仕切ろうとしたんだ。したら、お姫さんがさぁ、怖がるんだよ。ちょっとでも一人になるのは、嫌みたいだな」

「・・・・・・今までの箍(たが)が、外れたな。言ったろ、全面的に頼れる奴に出会えたら、ナスルは頼りたいんだって。ずーっと猛獣の檻の中で、耐えてた奴だぜ? いい加減、疲れもするさ」
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