楽園の炎
「うむ、美味い。憂杏殿、どうだ? ナスルに不満はないか?」

器を置き、皇太子は天幕の中を見回しながら言った。

こじんまりした天幕の中は、寝台二つに衣装ケースと思われる大きな箱と、同じような商品の箱がいくつか。
あとは生活のための炊事スペースが、小さく取ってあるだけだ。

「いえ、全く。良くやってくれていますよ」

「そうか? ナスルはどうだ? 実は帰りたい、とか思わないか?」

「思いませんわね。幸せです」

皇太子の問いに、ナスル姫は、うふふ、と笑う。

「早くきちんと、憂杏の元に嫁ぎたいですわ」

何となく、遠慮があるんですもの、と不満げに言う。

「ちゃんと憂杏のお嫁さんになったら、寝台も一つにしてくれるし、遠慮無く引っ付いていられるんですもの」

きゃっと己の頬を包んで嬉しそうに言うナスル姫の言葉に、ぶっと憂杏がお茶を吹き出す。

朱夏は改めて、奥にある二つの寝台に目をやった。
皇太子も、つられて視線を寝台に移す。

二人の視線に、憂杏がいたたまれないような表情になった。

「さすが、憂杏殿は大人だな。ナスル、ちょっと、はしたないぞ」

やれやれというように、皇太子が無邪気に喜ぶナスル姫を窘(たしな)める。
が、ナスル姫は片眉を上げて、兄を見返した。
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