楽園の炎
「では、そうだな。そろそろククルカンに引き上げるとするか。朱夏姫、憂杏殿も一緒ということになろうが、いつにしようかな」

口にしてから、皇太子はふと朱夏を見た。

「そういえば、憂杏殿は旅慣れているだろうが、朱夏姫はどうだ?」

「あ、えっと。旅ってものは、したことありません。この国から出たことがありませんもので・・・・・・」

記憶を探りつつ言う朱夏に、皇太子は意外そうに、そうなのか、と呟いた。

「だとしたら、ナスルよりも、むしろ朱夏姫のほうが心配かな。ククルカンまでは、かなりの距離だし、気候も変わる。今は・・・・・・ここより随分寒くなっているだろう。そうだ、この国から出たことがないということは、この温暖な気候に見合った衣装しか、持っていないということか。そこから整えないと駄目だな。そう簡単に、出立はできんか」

そういえば、アルファルドしか知らない朱夏は、話でしか聞いたことはないのだが、他の国は、もっと焼け付くような日差しがあったり、逆に凍り付くような風が吹いたりするらしい。
朱夏からしたら、そのようなところで、生活できるとも思えないのだが。

「そうだ。ちょうど北方の反物がある。あれをいくつかやるから、服を仕立てたらいい」

憂杏が、部屋の隅を指差した。

「皇太子殿下。今は、どれぐらいの気候になってるんですっけね」

ナスル姫と一緒に反物を選ぶ朱夏を眺めながら、憂杏は皇太子に問うた。

旅から旅を繰り返す憂杏も、ククルカンの中心地には、あまり行ったことがない。
ククルカンの中心地である首都には、あまり大きな市はないのだ。

「そうだな。まだ雪は降っていないだろうが、今は雨の季節だな」

アルファルドよりも北に位置する国には、気温の変化によって、いろいろな季節がある。
雨の季節は文字通り、どんよりした日が続き、おまけに寒い。
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