楽園の炎
「奴は、標的とした人間を、徹底的に痛めつけなければ気が済まない。その場合のナスルの相手が、たとえば葵王殿だとしよう。彼は、そのような状況、受け入れられるかな? ナスルに非はないとはいえ、そのような目に遭ったナスルを、今までと同じようには、見られないのではないか?」

確かに、どこか潔癖なところのある葵には、自分の婚約者を汚されたということは、耐えられないかもしれない。
そのことでナスル姫を厭いはしないだろうが、まず間違いなく、それまでと変わらない態度は取られないだろう。
そうなれば、ナスル姫は、さらに傷つき---

「くそっ! 何てことだ。けど、ご安心を。万が一、そのようなことがあっても、俺はそうそうお綺麗な人間じゃありませんから、そんなことでお姫さんを傷つけたりはしませんよ。失礼ながら、そんなことしようものなら、アリンダ様のほうを、文字通り傷物にして差し上げます」

ばきばきと指を鳴らす憂杏に、皇太子はちょっと引いたようだ。

そんな二人の間に、ナスル姫がひょいと割り込んできた。

「頼もしいわ。さすが憂杏。アリンダ様なんて、フルボッコにしちゃてね」

どこから聞いていたのか、ナスル姫はにこにこと、憂杏の横に座る。

「おう、任せとけ。お姫さんに襲いかかる奴ぁ、俺が足腰立たねぇようにしてやる」

顔の前で握り拳を振りながら言う憂杏と、そんな憂杏にきゃっきゃっとじゃれるナスル姫に、皇太子は柔らかく微笑んだ。

「あんたが言うと、しゃれにならないわよ。あ、今思ったんですけど、皇太子様、憂杏なら、この顔を見た時点で、刃向かおうなんて気、失せるかもしれませんよ」

朱夏が、両肩に布をかけたまま、後半部分を皇太子に耳打ちした。
続けて、こんなおっさん、敵に回したくないですよ、と付け加える。

朱夏の言葉に、皇太子が笑い声を上げた。
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