楽園の炎
「ラーダ、わたくしは、あの宮殿には、いたくないのよ」

ラーダと呼ばれた年かさの侍女は、ナスル姫の言葉に、ぐっと押し黙る。
昔から姫に仕えていたということは、この兄妹の状況も、理解しているということだ。

「ククルカンの宮殿内に、ナスルの安息の場はないのさ。お前もよく、気をつけてくれているがな」

夕星に、ぽん、と肩を叩かれ、ラーダは小さく、そうですね、と呟いた。
そして納得したように、憂杏に向き直る。

「憂杏さん。改めてお願いしますわ。ナスル姫様を、どうぞお守りください」

頭を下げるラーダに倣い、他の侍女らも頭を下げる。

「それについては、心配いらねぇよ。それよりも、俺にまでそんなにかしこまらないでくれ。俺は単なる商人だからな」

立ち上がって言う憂杏に、ラーダが顔を上げる。
憂杏は思いついたように、ラーダを己の前の椅子に促した。

「そうだ。お姫さんを小さい頃から、ずっと世話してきたんだったよな。だったらちょっと、お姫さんのことを教えてくれよ。苦手なものとか、そうだな・・・・・・。第二皇子のこととか」

最後は声を潜めて言う。
ラーダの眉が、ぴくりと動いた。
が、憂杏は声を落としたまま続ける。

「大まかなことは、ユウに聞いてる。けど、侍女の目から見たら、また違ったこともあろう。ユウの知らないこともあるかもしれん。お姫さんは、侍女の中にも第二皇子に通じている者もいたと言っていた。でも多分、ここにいる侍女たちのことは、お姫さんは信用しているだろう。だからこそ、アルファルドにまで連れてきたんだろうしな」

この一月(ひとつき)ちょっとで、結構わかったつもりだがな、と言う憂杏に、ラーダはこくりと頷いた。
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