楽園の炎
憂杏の薬のお陰で、つつがなく砂漠を突破できた一行は、その日の昼には、コアトルまで辿り着いた。
夕星の言っていた砂漠との境目辺りに陣を敷き、皆が待ちかねたように、温泉へと向かう。
朱夏は今日も、皇太子の天幕にいた。

「夕星も、もうちょっと女性のことを考えてやらねば駄目だな。あのように粗末な天幕で朱夏姫を寝かすから、彼女の体調が崩れるのだ。ただでさえ慣れぬ旅なのに、お前が気をつけてやらねばどうする」

横で夕星が、皇太子に小言を食らっている。

「うむむ。恥ずかしながら、兄上の仰るとおりで、面目もない」

眉間に皺を刻みながらも、素直に夕星は非を認める。

「そ、そんなことはありませんって。別に寝るときも、寒くはありませんでしたし。ユウ・・・・・・夕星様も、あっためてくださいましたし」

慌ててフォローを入れながら、朱夏は、また恥ずかしいことを言ってしまったと後悔した。
皇太子はそんな朱夏に、ちょっとにやりとしたが、すぐにいつもの笑顔になる。

「ま、夕星もいろいろ、勉強になっただろう。陸路は今夜でおしまいだ。今夜はここで寝て、明日からは船上になる。明日は私たち皇族と、側近数名だけでコアトルを治めておられる叔父上のところに挨拶に行く。出航は、それからだ」

「結婚の報告もしないとな。朱夏を叔父上に紹介して、コアトルの知事についても、お話させていただこう」

ちゃっかり事を進める夕星に、皇太子がじろりと鋭い目を向ける。
まだ夕星をコアトル知事に就かせることは、了承していないようだ。

---ま、皇帝陛下にも、まだ言ってないんだものね---

最終的な判断は、皇帝陛下が下すだろう。
朱夏も、何が何でもコアトルでないと嫌だというわけではないので、もし夕星が宰相のままでも構わない。

もちろんアルファルドに最も近いコアトルの町に住むことができれば、それに越したことはないのだが。

いろいろと考えを巡らせていると、部屋の入り口の布の向こうが、にわかに騒がしくなった。
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