楽園の炎
「もぅ、泣かないの。あ、怪我しちゃってる」

葵の擦りむいた膝を見、朱夏は立ち上がると、ひょいと横の窓によじ登った。
窓の内は、宮殿の台所だ。
木に登ったとき同様、身軽に台所の中へと入り込んだ朱夏は、すぐに小さな瓶を持って、窓から顔を出した。

「何してるの、朱夏。危ないよ」

「大丈夫大丈夫。ほら、ミード見つけたわ」

ミードとは、蜂蜜を発酵させて作る、蜂蜜酒である。
葵の目が輝く。

「ほら、持って。落とさないでよ」

少し高くなった窓からミードの瓶を渡すと、朱夏はまた、ひょいと窓枠を飛び越えて、葵の前に飛び降りた。
そのまま二人は小走りに、先程とは違う庭の奥にある泉の近くまで行くと、ぺたんと座り込んで、ミードの瓶を開けた。

「うわぁ。いい匂いだねぇ~。これ、ラベンダーだね」

「ちぇー、ラベンダーかぁ。栗が良かったなぁ」

「栗のミードが好きなのなんて、朱夏ぐらいなもんだよぅ~」

「なんだとぅっ」

言いながら、朱夏は泉で濡らした己の衣装の裾を、葵の膝の傷に押しつけた。
葵が飛び上がる。

「ほら。ちゃんと消毒しないと、ばい菌が入ったりしたら大変よ」

どうも葵といると『ほら』が多くなるな、と思いつつ、朱夏は葵の擦りむけた傷を洗い流す。

実際朱夏は、葵より一つ年下なのだが、葵といると、朱夏のほうが随分しっかりして見える。
葵が弱々しいというのも、あるのかもしれないが。
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