楽園の炎
「アルは? もうご飯、食べたの?」

緩慢な動作で起き上がり、朱夏はアルに問うた。
アルは、いいえ、と首を振る。

「じゃ、持っておいで。一緒に食べよう」

「朱夏様。もう大人なのですからね」

子供の頃は、よく一緒に食事したものだが、さすがに年頃になると、身分制度もわかってくるため、おいそれと食事の席に侍女を同席させるわけにはいかない。
窘めるアルに、朱夏はぽつりと呟くように言った。

「一人で食事は、したくない」

アルは朱夏の、こういうところに弱い。
良い身分でありながら、朱夏はおそらく、心から幸せではないのだ。
家族の温かみを知らないからだ。

今までは、それこそ葵が常にといっていいほど傍にいた。
が、大人になると、そういうわけにもいかない。

朱夏の心にある寂しさは、アルにも共通するものだ。

「ま、確かに、侘びしい食事は、美味しいものではありませんものね。お部屋ですし、いいことにしましょうか。それじゃ、朱夏様のおかわりということで、持ってきますから、ちょっと待っていてください」

仕方ない、というように小さく息をつくと、アルは小走りに部屋を出て行く。

「・・・・・・そんなに大食いじゃないもん」

アルの食事を朱夏の部屋に運ぶ言い訳に、小さく不満を漏らしながらも、朱夏はアルの背中を有り難く見送った。
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